研究誌 「東葛流山研究」

各号の解説は辻野弥生氏(流山市西初石)です。


創刊号

 昭和53年の流山郷土資料館オープンから4年後、「流山研究におどり」として、第1号を発刊。この時の市の人口10万弱、会員数187名。会報「におどり」はすでに10号を数えており、4人の編集者による巻末の座談会は延々18時間にわたるレイアウト作業の後、ついに出版にこぎつけたという産みの苦労と達成感を伝えている。山本編集長の「研究は線香花火に終わらせず、ぜひ持続的にやりたい」が、まさに有言実行として、今日まで続いたことになる。故横村克宏さんの写真「江戸川最後の川魚漁師・奥木さん」が巻頭を飾っている。内容は、「流山研究」「流山随想」「流山事始め」の3部構成。第1部は、江戸川の渡しをつぶさに追った一色勝正さんの「流山の渡し」。泥メンコ出土のナゾをさぐる青木更吉さんの「東葛の泥メンコ」。江戸に運ぶ物資の運搬ルートを実証した山本鉱太郎さんの「諏訪道、なま道、うなぎ道」。お得意の精巧なイラスト入りで、おのつよしさんの「日本鉄道の話」。司馬遼太郎、子母沢寛の小説を引用しながら紹介した大出俊幸さんの「小説に描かれた流山の新撰組」など、14編。第2部の流山随想では、いまは亡き羽根田光雄さん、岡本静江さん、上林康子さんらの、貴重な随想が並ぶ。第3部「流山事始め(1)」は、流山における写真、鉄道、図書館、郵便局、呉服屋、小学校、観光果樹園、金物屋などのルーツを追っている。

第2号

 表紙の写真・土鈴を持った2人のかわいらしい少女が目を引く。研究論文は多彩なテーマで全16編。22ページにもおよぶ山本鉱太郎さんの「俳人秋元洒汀の生涯」は、養女松子と写った貴重な写真や執念で追った家系図、年譜まで、渾身の論文。のちに田辺卓躬さんの「流山郵便局のうつりかわり」とともに、博物館の企画展に発展した。伊藤晃さんの「悲劇の代官須藤力五郎」。ユーモラスな絵入りで、おのつよしさんの「イラスト流山むかしむかし」。一色勝正さんの「流山の絵馬」は、絵馬の起こりから、絵馬に託された人々の願いまで、わかりやすく解説されていて、興味深い。青木更吉さんの「市野谷・岩佐家の8月行事」は、消滅の一途をたどる民俗行事を岩佐家に取材。それぞれの故郷とひき比べながら、おもしろく読める。第2部「流山随想」。第3部は、創刊号に続く「流山事始め2」。自転車屋、おもちゃ屋、銀行、牛乳屋、本屋、せんべい屋、幼稚園、印刷所など、丹念な取材による報告。のちの「楽しい東葛事始め事典」の基になっている。第4部「どう守る荒廃する流山の文化財」では、友の会の識者総動員で真剣に討議。野馬土手を「日本の万里の長城」という高橋正夫さんの発言がおもしろい。後記には、出版費用の捻出に苦心さんたん、役員で論文執筆者に1万円の拠出を頼んで快諾されたことが報告されている。

第3号

 表紙はずばりオランダ人技師ムルデルの写真。これが見つかったことで研究に拍車がかかり、第1部で利根運河特集を組んでいる。北野道彦さんの「心のふるさと利根運河今昔」は、多方面からの考察で示唆に富む。おのつよしさんの「イラスト利根運河は、ふんだんな絵を織り込んでの労作。「聞き書・利根運河物語」は山本鉱太郎さんお得意の古老たちへの聞き書きで、『利根川随歩』の作者添田知道も登場。安中正夫さんの運河の幅についての考察「利根運河の型を追う」は、新聞にも取り上げられ、話題を呼んだ。相原正義さんの「ムルデルの足跡を追って」は、限られた資料を駆使して、実像に迫っている。一色勝正さんの「利根運河のうた」は、労働の歌や短歌を紹介。青木更吉さんの「流山の放浪芸ヨカヨカ飴屋物語」は、歌だけでなく、踊りや浪曲も披露する芸達者な飴屋を追って紹介。ほかに大出俊幸さんの「文学に現われた流山」は、流山に住んだ漫画家・つげ義春の描いた利根運河を紹介。羽根田光雄さんの「流山に見られる野鳥観察」は、精密な野鳥の絵が素晴らしい。全15編の論文が並ぶ。第2部「流山随想」7編。第3部「流山事始め(3)」は、ダンスホールや民生委員も登場。第4部「流山新人国記」は、山本鉱太郎・相原正義両名の対談形式で、いまは亡き作家城夏子、北野道彦、島一春ら、流山ゆかりの著名人を洗い出している。

第4号

 前号に続いて第1部がムルデル総集編。日蘭学会の田中則雄さんが翻訳されたムルデルの論文「日本とその海についての小報告」は、研究に厚みを加えている。ムルデルの人物像を浮き彫りにした山本鉱太郎さんの労作「ムルデル-その人と業績」「ムルデルの年譜と系譜」は、日蘭学会会誌創立10周年記念号におさめられたもの。座談会「ついに完成したムルデル顕彰碑」は、悲願の除幕式(4月28日)を前に、野田、流山で、山本作「青年たちの運河」が梅田宏さんの劇団彩によって上演され、好評を博したことや、建立までの友の会の取り組みが詳しく語られ、経緯を知らない会員には興味深い内容である。おのさんの「イラスト聞き書き坂川物語」、相原さんの「坂川の話」は、住民を苦しめ続けた坂川との長い闘いの歴史が書かれている。第2部は終戦40年特集として、「8月15日、その日あなたは…」。14人の貴重な体験が綴られている。なかでも、北野道彦さんの「ささやかな自分史」は、731部隊の実像や教科書問題などを取り上げながら、戦争の愚かさを説き、自分におけるつぐないへの決意が述べられている。稲澤秀夫さんの「山よりも高く、海よりも深し」は、2人の息子を出征させた親の心情が映画のシーンのように切なく描かれ、胸を打つ。第3部「流山随想」。第4部「流山事始め(4)」には、歯医者、ヨシズ屋、消防など。

第5号

この年、山本鉱太郎さんを講師に文章講座開講、講座生の中から多くの執筆者を生むことになる。第一部の特集「流山の歴史4つの疑問」は、田中さんの「徳川幕府の洋馬輸入とオランダ観音の謎」、青木さんの「金子市之丞は義賊だったか」、山本さんの「常磐線はなぜ流山を通らなかったか」、相原さんの「茂侶神社 考」など、4人の論客が、はたして定説通りかと、果敢に挑んでいる。特集2「流山老舗物語…その1」。新川屋(呉服)、つ田屋(金物)、かねき(割烹)、江戸屋(うなぎ)、甲子屋(とんかつ)など、市内24の老舗を総力ルポ。未だ健在な店もあるが、すでに閉店の店も多い。第2部「流山研究」。大出さんの「近藤勇はなぜ流山に陣を敷いたか」は、お酒の席で某作家から聞いた愛人説を披露していておもしろい。ほかに、高橋さんの「多功道と御放れ馬囲い」、おのさんの「イラスト見聞録・流山鉄道」など全6編。第3部「随想」では、今は亡き作家宗谷真爾さんが「A(ア)の会誕生と未来」という題で郷土愛への奮起を呼びかけている。巻末名簿欄の協栄年金ホーム支部の会員の多さに、今さらながら副会長まで務めた上林康子さんの貢献がしのばれる。「編集を終えて」には、「原稿が集まらないという苦労はないが、出版費用の心配で、夢にまで見る(山本)。預かった原稿のあつかいに神経をつかう(相原)など。

第6号

 戦後42年目の特集は、「流山と太平洋戦争」。圧巻は昭和35年に出された「流山戦没者名録」から転載した「流山戦没者芳名録」。15歳から49歳まで、388柱の戦没者が15ページにわたって無言で並ぶ。「写経のような心境で、書き写した」と、相原さんのあとがきにある。ほかに青木さんの「流鉄が銃撃された日」、相原さんの「八木郵便局から見た陸軍柏飛行場の兵隊たち」。山本さんの「特攻隊行き還らず」、は、特攻隊員たちと、料亭新川の美しくも悲しい秘話。長沼映夫さんの「B29の墜落」、伊原千代隆さんの「糧秣廠への爆弾投下」など、いずれも貴重な記録。西村喜美江さんはじめ、文章講座生はじめ18名による聞き書きからは、遺族の底しれない悲しみが伝わってくる。この記録からすでに24年、聞き書きをした人もすでに亡くなられた方が多く、記録することの重要さを改めて感じさせられる。なかでも、大作公夫さんの「母ちゃん、きっと迎えに行くよ」は、涙なしには読めない。第2部の研究論文、杉山宮子さんの「夭折の詩人 立原道造」は、道造と流山との関係を明らかにした労作。花澤怜子さんは、「利根川洪水余聞」で、関宿の権現川と曽祖父との関係をあきらかにし、千葉市在住ながら今も熱心な会員である。ほかに、おのさんの「小金牧の野馬土手。第3部「流山随想」は菊池光純さんの「流山に住んで」など7編。

第7号

 醸造の町として栄えた流山、それを支えてきたのは、舟運や鉄道などの交通網であり、特集「流山と交通」は、いつかはやらなければと、編集長が暖めてきたテーマでもある。相原さんの「水戸街道を往く」、青木さんの「時刻表から見た流鉄の変遷」、「新選組の残党が流山に来た道」、木原徹也さんの「日光東往還を大名行列が往く」、広報ながれやまの連載より山本さんの「諏訪道・一茶道・ふるさとの道」、相浦秀也さんの「野田線の歴史」、田中さんの「東関東内陸運河計画とオランダ」など、流山の交通の歴史をあらゆる方面から論じている。第2部「流山研究」における山本さんの「流山の豪商・堀切紋次郎家の華麗な系譜」は、旺盛な取材力と、明らかにしてみせるという執念で、堀切家の全貌に切りこんでいる。明治44年うまれの岡本静枝さんの「大百姓だった岡本家の歴史」も、貴重な記録。一色さんの「流山の文化財」は、石造物、文書、彫刻、建築物など、有形・無形の文化財を洗い出し、権力者たちの歴史より、民衆の歴史にこそ目を向けようと説いている。ほかに、オランダ人技師ムルデルの写真撮影現場を探るため、三角まで行った安中さんのルポ「ムルデルの写真を解読する」も面白い。随想「川蒸気通運丸思い出の乗船記」は、今は亡き向後牛之助さんが、大正10年、14歳のころ、3度も乗船して利根運河を通過したという貴重な体験記である。

第8号

 会創立から10年。会員は520名という驚異的な記録を達成。まず、口絵の写真が目を引く。銀座松屋における横山大観米寿記念展の時のもので、当会員で松屋勤務だった若き向後さんの姿もみえる。

内容は3部構成で、第1部の論文・大出さんの「洲之内徹と通運丸のはなし」は、美術評論家の意外な一面を紹介する。「芸術新潮」の連載「きまぐれ美術館」で知られる洲之内は、山本鉱太郎著『川蒸気通運丸』の愛読者でもあり、山本さん宛の書簡2通も紹介している。ほかに、相原さんの「向小金新田の年中行事」、間藤邦彦さんの「におどりの葛飾早稲が蘇った」、青木さんの「流山・藁の民俗考」、など9編。第2部は「友の会10周年回顧」で、羽根田さんによる「友の会10年の歩み」は、写真入りで延々28ページにもおよぶ。山本さんの「流山市立博物館友の会 その歴史と現状」は、手賀沼オペラの公演、ムルデル碑の建立など、怒涛の文化運動によって、ついにふるさとづくり賞に結びついたことを報告。ほかに西村喜美江さん、海老原澄子さん、今は亡き茂木朋子さんら12人の文章講座生が、それぞれ友の会に寄せる熱い思いをつづっている。第3部は「流山随想」。鵜沢滋子さん、佐藤敬子さんら14名の作品が並ぶ。編集長の「編集を終えて」に、10年間の苦労とよろこびが綴られており、感無量。

第9号


 汚染度日本一の汚名をなんとか返上しようと、一丸となって取り組んだオペラ「手賀沼賛歌」から3年。表紙は「手賀沼読本―浄化への祈りを込めて」と題され、画家長縄えい子さんが沼の妖精たちをユーモラスに描いている。「虹をくわえてきた鳥たち」は、オペラ誕生から公演までの経緯を朝日新聞カメラマン大北寛さんの写真とともに、台本を書いた山本さんが詳しく報告している。特集「手賀沼」は、ジャーナリスト杉村楚人冠に直に接してきた小熊勝夫さんや加瀬完さんらの協力を得て、歴史、地理、文化、環境、とあらゆる方面から手賀沼に切りこんでいる。ページ数は300を超え、これ1冊あれば、手賀沼のことなら何でもわかるという意気込みが伝わってくる。山本さんの「手賀沼と白樺の文人たち」、おのさんの「我孫子むかしむか史」、佐藤さん、西村さんによる「手賀沼周辺の地名」、手賀沼漁業組合長・深山正巳さんの「手賀沼の淡水」、教え子たちから手賀沼じじいの愛称でよばれた相原さんは、「手賀沼の汚染と対策」と題して、沼の現状を詳しく分析。杉山宮子さんが大分県まで行って取材した「北原白秋夫人・江口章子の生涯」は、のちにふるさと文庫の1冊となった。第2部「流山研究」には、青木さんの「流山の地名考」中村信夫さんの「キリシタン高札は語る」など。第3部「流山随想」には、辻野弥生の「友の会と出会って」など7編。

第10号

 会創立から13年。会員も柏、野田、市川、船橋、東京など各地に増え、その数なんと550人近くになっている。この号を機に『流山研究におどり』を『東葛流山研究』と改題して、研究分野を東葛全域に拡大した。第1部の特集は「水3部作」のうちの江戸川。水運、地名、関所、醸造、上水道、洪水、漁など、22編の論文に歴史年表、文献目録も加えての総力取材。福島茂太さんは、関宿から浦安まで辿っての取材「今は昔・江戸川の渡し」で、江戸川に渡しが多かった訳をとき明かしている。間藤さんの「名作・野菊の墓と伊藤左千夫の生涯」は、政治家への夢を断たれ、作乳業を営みながら、歌を詠み、純愛小説を書くまでが綴られ、22歳で東京に出奔する時の書き置きが、読むものの心をゆさぶる。
 海老原澄子さんの「東葛おわい船考」は、貴重な肥料とされ、江戸から運ばれた人糞の話で面白い。「南総里見八犬伝と江戸川」は、千葉市の会員花澤怜子さんの寄稿。西村さんの歴史年表は、江戸川に関連するあらゆる事柄が網羅された労作。この号で私も初めて執筆に参加、江戸川に関する文献を求めて市川まで足を運んだ。ほかに菊池さんの「江戸川醸造繁盛記」、青木さんの「江戸川の漁」など。また、この年スタートした川柳講座の講師今川乱魚さんは「東葛地域の川柳活動」と題して、短詩形文芸としての川柳の来歴と将来を述べている。

第11号

 「水3部作」の完結を飾る利根川特集である。流域面積日本一の大河に挑んで友の会のパワーが全開。これらの努力に対し、「人と自然にやさしい川づくり大賞」として、建設大臣賞が授与され、200万円もの補助金をいただくことになった。第1部は、利根川べりの河岸の盛衰をまとめた山本さんの「賑わった利根の河岸物語」を筆頭に、福島さんの「布施弁天繁盛記」本田純男さんの「赤松宗旦の利根川図志」、青木さんの「利根川流域に将門伝説を追う」、相原さんの「中利根川の浅瀬出現と河岸争い」、石碑研究の第一人者一色さんの絶筆となった「利根川ぞいの石碑」、私たち夫婦は「利根川べりの習俗と行事」で、利根町のおびしゃを終日見せてもらった。横村克宏さんの「カメラルポ・利根川源流訪問記」は、難行苦行ぶりがリアルに伝わってくる。西村・鵜沢さんの「利根川歴史年表」、茂木さんの「利根川文献目録」、そのほか、ムルデルの利根川治水計画、河童、文学、漁、地名紀行、鴨漁など、どれも力作ぞろい。第2部の研究は、中村信夫さんの「天草四郎は北関東に生きていた」、田中佐紀子さんの古老からの聞き書きはのちに「江戸川のほとりに生きる」として出版された。第3部「随想」には、上林さんの「私は老いに甘えない」他、10編が並ぶ。巻末の講座だよりには、文章講座、朗読講座」に続いて川柳講座が加わった。

第12号

 友の会創立15周年記念号として、第1部はふたたび「特集 江戸川・歴史と暮らし」。 60年かけて利根川の東遷工事を成しとげた伊奈家三代の苦闘をつづった山本さんの「関東郡代伊奈家三代記」、遊郭の起源から衰退までを、時代背景とともに追い、薄幸な女たちの姿を浮き彫りにした「松戸平潟遊郭物語」、どちらも残しておかなければならない貴重な記録である。相原さんの「流山みりん物語」、青木さんの「坂川とその流域ルート」、おのさんの「イラスト・醤油と野田河岸」、瀬下登美子さんの「西深井大杉神社の船形神輿」、横村さんの「今上落堀の変遷」、辻野夫妻の「洪水と水神信仰」、伊原千代隆・青木さんの「利根川・江戸川の水運と糧秣廠」、羽根田さんの「江戸川べりの琵琶首観音」など、10編の論文が並ぶ。第2部の研究・鵜沢さんの「小金丸伝説考」は、各地に伝わる忠義犬の話を掘り起こし、思井の小金丸が巌谷小波の「こがね丸」の原話になったかと推理を立てていて面白い。ほかに中西良英さんの「立原道造」、杉山さんの「求道の詩人・八木重吉ととみ子夫人」、田中佐紀子さんの聞き書き「自宅分娩のころのお産」など5編。第3部は「友の会15周年回顧」の特集で、瀧貞夫・せつ子夫妻をはじめ、20人の会員が、友の会への熱い思いを寄せている。第4部「流山随想」は、、伊藤隆美、宮内悦子、徳武俊三さんら11人の作品。

第13号


 事典と銘打った最初の号である。東葛地域のさまざまな分野で活躍する人々を特集。西村さんが担当した柏のタウン誌「と-かつ倶楽部」の「住人十色」、横村さんと辻野が担当した野田のタウン誌「とも」の「人に歴史あり」という2つの連載を軸に、山本さんの千葉銀行の「経済月報」連載の「東葛の伝統工芸を支える人々」、さらに鵜沢さん、間藤さん、福島彩子さんのレポートを加えたもの。登場人物の選考基準は、地元の文化に貢献している人にしぼった、と山本編集長のまえがきにある。作家、詩人、画家、郷土史家、郷土玩具、演劇人、歌手、書家、評論家など、百名を超える。まずタウン誌を出版する梅田宏、三浦桂寿男の両人、友の会がずっとお世話になっている崙書房の金子敏さんと小林規一さん、わが会の重鎮・相原、青木、大出、おの、田中、山本の各氏。このユニーク事典の出版から17年、残念ながら、すでに亡くなられた方も多いが、まだまだ活躍する方もあって、たのもしい。私は4年半ほど「人に歴史あり」を担当させていただいたが、さまざまな人と出会えたこの仕事がどれだけ肥やしになったことか。タウン誌の記事から、見開き2ページにふくらませるために、再度インタビューさせてもらった方も多い。「この事典のおかげでNHKから声がかかり、テレビに出演しました」と、うれしい報告も頂いた。

第14号

 この年、茨城県土浦市で世界中の学者を集めて「世界湖沼会議」が開かれた。これに呼応して「東葛の湖沼と河川」を特集。疎開先の足利で「渡良瀬川で泳いではいけない」とかたく言われた体験をもとに、事件の全貌を描いた山本さんの「足尾鉱毒事件と田中正造」。辻野弥生は、開発業者と沼を死守した住民との闘い「古利根沼の攻防戦」を書いた。我孫子に何度も足を運び、図書館で議事録も閲覧、大変な取材だったが、得難い体験をした。相原さんの「東葛地域湖沼群の消長」、横村さんの「幻の三ケ尾沼」、海老原さんの「柏こんぶくろ池の伝説」、福島茂太さんの「東葛の湧水地帯を訪ねて」は、のちにカメラマンの横村克宏さんとの共著で本になった。杉山さんは、主な文献を丁寧に紹介。鵜沢さんは「子和清水考」、流山最後の漁師である奥木さんご兄弟をルポした福島彩子さんの「奥木ご兄弟に聞く江戸川の汚染今昔」、関本いずみ・西村喜美江さんは、関宿から東京湾までの橋の歴史をさぐって「江戸川橋づくし」。全15編の力作が並ぶ。第2部の研究では、市の職員でもある福留克志さんがオランダまで行ってまとめた「ムルデルの町を訪ねて」が感動的。 第3部「流山随想」は、船橋成子さんの「利根運河を二度通った家の物語」など16編。力作ぞろいにうれしい悲鳴あげつつも、出版費用の捻出に頭を悩ませる友の会編集部である。

第15号

次号の「東葛観光歴史事典」にそなえ、例年よりページ数も控え目の150ページあまりで、「流山研究」、「流山随想」の2部構成。平成7年、「小林一茶寄寓の地保存会」会長の山本さん、文化財審議委員の伊藤晃さん、友の会事務局長の椎橋俊恭さんらの尽力で、秋元本家を復元して、「一茶双樹記念館」が誕生した。一茶ゆかりの信州柏原との姉妹都市を翌年(平成9年)にひかえ、巻頭論文は、山本さんの「小林一茶の北総遍歴」。貧乏俳諧師一茶のパトロンとされる流山の秋元双樹、馬橋の大川立砂、守谷の鶴老らとの交流の足跡をつぶさに紹介している。26年間協栄年金ホームに暮らし、92歳で没した女流作家をルポした杉山さんの「大正浪漫時代を生きた女流作家城夏子追葬」、青木さんの「葛飾早稲の万葉歌碑考」、相原さんの「手賀沼水系汚染軽減論」、おのさんの「「イラスト日光東往還」、福島茂太さんの「流山の屋号の由来・聞き歩き」。流山の加地区に存在するクリスチャン名の刻まれたキリスト教墓地と、東葛地方の布教の歴史を調べた瀬下さんの「東葛地方のカトリックの布教の歴史」、神田繁男さんの「流山の飛地山と女相撲の話」、田中佐紀子さんの「聞き書き・流山今昔」など、11編の論文が並ぶ。第2部「流山随想」では、文学散歩で久しぶりに訪れたふるさとへの思いをつづった浅利ミチさんの「高原の旅愁」など、18編が収められている。

第16号

江戸時代は野馬が駆ける寂しい放牧場で、将軍の鹿狩りも行われた東葛地域も、いまや東京のベッドタウンとして、激しい変貌を遂げた。満を持しての事典シリーズ2冊目は、『東葛観光歴史事典』である。流山、野田、松戸、柏、関宿、我孫子、沼南、それぞれの史跡、神社仏閣、学校、観光スポット、さらには文学碑にいたるまで、180項目にわたって紹介している。この事典は、まず文章が平易でわかりやすく、親しみがもてる、所在地、交通手段、問合せ先を明示しているので、訪ねる際に便利、挿入された地図や写真とともに楽しめる、などの特徴があり、東葛地域の歴史案内が丸ごと1冊になったまことに有難いものである。青木さんによる「東葛の文学碑」は、その土地ゆかりの、あるいはその土地に足を踏み入れた俳人や歌人とのつながりが見えてくる。「私は東と西の結婚を夢見つづけて来た…」と刻まれた我孫子のバーナード・リーチの碑文、教鞭をとった柏の東葛飾中学校を詠んだ八木重吉の詩、松戸八柱霊園に眠る西条八十自身による墓碑銘には、「われらたのしくここにねむる 離ればなれに生れ めぐりあひ 短かき時を愛に生きしふたり(略)」と、感動的な言葉が刻まれている。この事典が出て、すでに14年、私たちは何かを調べるたびに、資料として大いに利用してきた。「ぜひ一家に1冊観光事典を!」と宣伝したいところだ。

第17号

この号の山本編集長のもくろみは、文章講座生総力をあげて「東葛文学事典」に挑むというものだった。しかし、後記にあるように、時期尚早という結論を得た。巻頭は、童謡詩人との出会いと交流を描いた山本さんの「空を駆けのぼっていった童謡詩人三越左千夫の生涯」。シンプルながら心にすっと入って来る詩である。彼の死を惜しんで書いた詩人新川和江さんの詩が胸を打つ。友の会きっての文学少女杉山さんの「流山時代の城夏子 自分らしく生きた華やかな老年」は、協栄年金ホームでの生活を愉しんだ彼女の奔放な姿を活写している。続いて辻野の「夭折の詩人立原道造と流山」、一茶の研究者で、一茶に関する著作も多い伊藤晃さんの「一茶の葛飾」。高柳登喜子さんの「詩と信仰の合一を願った詩人八木重吉」は、美しい魂を持ち、敬虔なクリスチャンでもあった重吉の生涯を、丁寧につづって感動的。越岡禮子さんの「沼に熱い想いを抱いた俳人水原秋桜子」、三谷和夫さんの「東葛に遊んだアララギの歌人たち」、本田さんの「司馬遼太郎と『燃えよ剣』」、福島さんの「手賀沼時代の作家中勘助」、茂木さんの「水上勉の松戸での二年間」など。目次をたどるだけで、東葛における文学の一部が見えてくる。ほかに長塚節、詩人鈴木文子らも取り上げている。随想では江角圀子さんの「勝ちにゆくところ」が光る。

第18号


 目次を開くと、19編の論文がひしめき、「汲めども尽きぬ、研究の種」という感慨ひとしお。研究誌の30号を迎える今年は、誰の脳裏からも一生消えることがないであろう東日本大震災が起こった。18号の巻頭論文は、辻野弥生の「関東大震災 もう一つの悲劇」。荷の重い仕事であったが、これが縁で被害者の出身地・香川から講演依頼が舞い込むという思わぬ体験もした。同時に活字の威力と怖さを思い知ったものである。山本さんの「東葛のさまざまな伝承」は、柏のこんぶくろ池の主、三ツ堀の泥んこ祭などを、民俗学的な視点で紹介している。三谷和夫さんの「取手市の飛地となった小堀」と、越岡禮子さんの「六谷さんの油絵―志賀直哉ゆかりの一枚の絵」は、我孫子の人ならではのテーマで面白い。杉山さんの「秋元松子の生涯」は、画家であり歌人でもあった秋元松子の華やかで波乱に満ちた人生を克明に追っている。熊谷昌具さんの「小説の舞台となった関宿藩」は、老中を4人も出した久世家のことが詳細に記されており、勉強になった。田口さんの「旧新川村の神々と信仰」では、現存する神社と祭神を調べた労作。西村さんの「博物館友の会 朗読講座の開講まで」は、1987年の「戦争と平和展」での朗読をきっかけに講座が誕生した経緯を記している。宮坂叔子さんは、随想で信州上田の無言館で戦没画学生の絵を見た衝撃を綴っている。

第19号

事典シリーズ3冊目は「東葛文献百科事典」。ものを書く際、いい資料に出会ったときのうれしさは、例えようもない。しかし、必要な本を図書館や本屋で見つけ出すのは、容易でない。この事典では、市販本のみならず、私家版や、市史、町史、村史など、合わせて200冊ちかい東葛関連の書籍を紹介している。流山、野田・関宿、松戸、柏、我孫子・沼南、さらに東葛全域、利根川・江戸川と、大きく7項目に分けている。『新版利根運河』『松戸の歴史案内』『柏のむかし』『旧水戸街道繁盛記』『大日本地名辞書』『世界から醤油を見る』『利根川図志』『利根川事典』『川魚図志』『川蒸気津運丸』『手賀沼100話』などは、見開き2ページにわたって詳述している。わが会の書き手は、一部を除いてサラリーマンや一般家庭の主婦だが、何事にも真摯に取り組む姿勢だけは人後に落ちない。ふだん読まないような文献であっても、紹介文を書くからには、熱心に読まざるを得ない。私は鈴木梅四郎の「野田の労働争議」(崙書房)を担当したが、こんな事実があったのかと、衝撃を受けながら書いた。ページの所々を埋める大出さんのコラム「編集者の目」は、余人には知る由もない文学界のエピソードで、味わい深い。山本編集長は前文で、一人の人間の知力なんてたかがしれている、いいものを書くには、厖大な資料を駆使すればこそ書けるのだ、と述べている。



第20号

事典シリーズの4冊目は、『東葛なぞふしぎ事典』。先に新人物往来社から『日本列島なぞ不思議旅(全7巻)』を出し、日本中のなぞ解きに挑んできた山本編集長お得意の企画だ。松戸、柏、流山、野田、関宿、沼南、我孫子、東葛全域の8地域に分け、全部で211項目のなぞを解き明かそうと奔走した。福島さんの「なぜくねくね曲がっている新京成線」、横村さんの「今上落としってなんだろう」、奥田富子さんの「気象大学校はなぜ柏にある」、山本さんの「常磐線はなぜ流山を通らなかったのか」、本田さんの「目吹きと芽吹はどうちがうのか」など、知っているようで、ちゃんと応えられないものが多い。相原さんの「なぜ手賀沼畔河にあるハリスト正教会」、村晶子さんの「虚無僧はなぜ尺八を吹くのか」などは、素朴な疑問として、読んでみたくなる項目だ。大出さんの「近藤勇は流山に何日いたのか」を読むと、1カ月も流山にいたというまことしやかな古老たちの説も古文書の出現で間違いだったことがわかる。1か月どころかほんの3日ほどで補縛されている。宮坂さんの「金子市之丞は果たして義賊か」については、ぜひ事実を知りたいと思っていた。歌舞伎や講談によって美談に仕立て上げられ、「金市さま」とまで呼ばれるようになったようだが、「ありゃ、単なる泥棒ですよ」という土地の人の冷ややかな目もあったようで、おもしろい。

第21号

事典シリーズの5冊目は、いよいよ『東葛文学なんでも事典』である。編集部では10年以上あたためてきた企画で、すでに17号で特集を組むなどの下地もつくってきた。シリーズのなかでもとくに難易度が高く、執筆者の苦労はひとしお。ぎりぎりまで討議、推敲が重ねられ、発行も年度末となった。全体を、流山、野田・関宿、松戸、柏・沼南、我孫子、と大きく5項目に分け、ほかにコラムも14編が納められた。まずだれもが面白いと絶賛する司馬遼太郎の『燃えよ剣』、は瀬下さんが詳しく書いている。「芥川作家李恢の流山・松戸時代」では、彼の妻が流山出身だったことが明かされる。藤田とし子さんは、戦後田中村(柏)に住み、麻薬中毒の夫に苦労しながら、作家への決意を固めた佐藤愛子の自伝的小説『血脈』をとりあげた。我孫子は、手賀沼の存在が大きく、ジャーナリスト杉村楚人冠はじめ、作家志賀直哉ら白樺派の文人たち、中勘助、柳田国男、島崎藤村、滝井孝作、さらに俳人、歌人との関わりが多い。長年幼稚園の園長を務めた飯野嘉子さんは、園創立15周年に詩人三越左千夫に園歌を作詞してもらった貴重な事実を記している。私は野田の作家宗谷真爾の世界に挑戦。図書館で彼が主宰した「野田文学」に何日もかけて目を通した。東葛と関わりのある作者や作品を、判明の限り取り上げた。一読すれば意外な事実や新発見に出会うこと受け合いだ。


第22号

 友の会創立25周年記念特集として、堀江吟山編『流山』を山本さんの詳しい解説つきで復刻させた。明治42年に上梓された70ページほどの薄い本だが、明治の頃の流山を知る上で、貴重な1冊である。筆者堀江は「神社仏閣の由緒以外に当地の位置、交通、産業、其の他、施設等の事項をも加えたり」と記し、郷土史を知る一端になればと上梓の理由を述べている。青木さんの「江戸川、県境で分断された村の交流史」は、流山の平方新田と深井新田が江戸川によって分断され、深井新田はさらに利根運河によって南北に分けられた歴史をたどっている。中村哲夫さんの「布施弁天とからくり伊賀七」は建築物を中心に解説。宮坂さんの「江戸川台東ものがたり」は、キツネやタヌキの棲む田舎から近代的大団地に生まれ変わるまでを、エピソード満載で記述している。田口さんの「東葛、将門伝説の地を訪ねる」に目を通すと、将門の伝説・伝承の多さに改めて驚かされる。越岡さんの「旧村川別荘あれこれ」は貴重な文化財を有する別荘の保存に、我孫子の文化を守る会が一役かったという。阿部辰数さんの「川いい会」は、平成2年に誕生。子どもたちとの水質検査、さらにコンサートや演劇を通して、川への関心を高め、河川の浄化に取り組んでいる。ほかに宮内悦子さんの「野田の人車物語」など、22編の論文をおさめた。

第23号


 この号は自由課題にしたところ、原稿が集まらなくて苦労したと後記にある。それでも13編の立派な論文が集まった。巻頭は山本さんの「なぜ姉妹都市になった相馬と流山」。福島県相馬市の市長はじめ、教育関係者らを招いて行われた講演内容を再現。明快な答えを出せないものの、なんとか要望に応えようと奔走する講師の姿が尊い。青木さんの「東葛の道路元標は今…」を読むと、大正時代、道路法施行令により道路元標を設置する位置が各市町村に定められたという。その道路元標なる言葉すら知らなかったので、大いに興味をそそられた。新保さんの「市野谷の森のオオタカ保護活動の歴史」は、市内で最初の県立公園誕生までの経緯と保護活動の歴史を細かいデータをもとに詳述。ほかに越岡さんの「『利根川図志』の挿絵師玉蘭斉貞秀」、福島さんの「聞き書き・流山の渡し」、石垣さんの「地中からのメッセージ東葛の古墳時代」、宮坂さんの「東葛の校歌の歴史」、本田さんの「今は昔・旧水戸街道を歩く」、三谷さんの「斎藤茂吉の名歌と葦・真菰」、田口さんの「布施弁天と但馬筒江の交流物語」、金井克之さんの「本土寺大過去帳に見る吉川の合戦について」など、労作が並ぶ。随想の部には、冨田さんの「なつかしの故郷鹿児島」、宮内さんの「息をのむ、兵馬俑坑」三島良子さんの「夫のふるさと沖縄」など、16編の感動作が並ぶ。

第24号

6冊目の事典シリーズは、ついに千葉県全域を対象にした大作『房総の博物館・美術館』で、10年あまりも暖めてきた企画である。どんなに素晴らしい博物館や美術館があっても、それらをまとめて紹介する本は存在しない。そこに着目したとは、さすがにわが会の編集部である。まず全域を、東葛地方、市川・船橋周辺、千葉市、成田・佐倉周辺、香取・銚子・九十九里、内房、外房と、大まかに分け、イラストレーター中村哲夫さんの地図も入ったので、読者は行ってみたい対象を捜しやすい。取材にあたっては、ネットや資料は当てにならないと、あくまでも現地取材を原則として、40名あまりの執筆者が猛暑のなか、内房に、外房に、佐原にと、駆け廻った。執筆者は取材先で思わぬ苦労に遭遇することが多々あった。現場に行ってみると、取材するほどの資料も展示もなく、思案に暮れることもしばしば。また、平成の大合併が進行中で、伊藤左千夫の生家のある「成東町歴史民俗資料館」では、出版の頃には「山武歴史民俗資料館」に変わることになっていた。九十九里の「いわし博物館」は、貴重な展示館だったが、少し前に不慮の事故で焼失、再開を願ってのレポートとなった。編集部もあれやこれやの対応に追われ、出版が年度末にずれ込んだ。どれもこれも行ってみたいが、読むだけでも相当の知識が得られる素晴らしい1冊である。

第25号

東葛地域には由緒ある建築物が多く、今号でそれらをまとめて紹介しようということになり、第1部の特集は「東葛地区の建築散歩」である。流山市内の、「流鉄流山駅」、「一茶双樹記念館」、「呉服新川屋」、「柴崎 吉野家長屋門」野田市内の「旧花野井家住宅」、「野田キッコーマン御用蔵」、「興風会館」、「旧茂木佐平治宅・茶室」、「上花輪歴史館」、「キノエネ醤油工場」、「愛宕神社」、「小林家四脚門」、松戸市内の、「旧徳川家松戸戸定邸」、「萬満寺」、「旧小金宿旅籠玉屋跡」、柏市の、「東海寺布施弁天」、「弥惣治文庫文芸資料館」、「大井福満寺鐘楼」、「日本ハリスト正教会旧手賀聖堂」、「花野井・吉野家住宅」。我孫子市内の「旧相島芸術文化村」、「葺不合神社」など、22か所の建築物を紹介。第2部の論文は15編。村越博茂さんの「オランダ技師ムルデルの落し物」は、明治16年に出された落し物の告示をもとに、当時山田内務卿の利根川視察に随行したのは、通説になっているデ・レーケではなくムルデルではないかと推理している。中村さんの「東葛地区における神社社殿の二十四孝の彫刻」、石垣さんの「秋元洒汀と句集『胡沙笛』」、越岡さんの「楚人冠邸離れに住んだ女二人」も興味を引くテーマだ。第3部の「随想」は、三島さんの「造り酒屋の蔵開き」、宮内さんの「絵に生き絵に死んだ孤高の画家田中一村」など、7編を収納。

第26号

第1部は、大切にしたい21世紀の証言として、「東葛・流山の聞き書き」を特集。一刻も早くしないと、明治、大正時代の話を聞けるチャンスはなくなる一方である。物を書くとき、資料のみでなく少しでも生の声が入ると、がぜん内容が生きてくる。本項では一部鬼籍に入られた方へのインタビューも掲載したが、古老から聞いた27項目の貴重な証言を紹介している。聞き書きといっても、話をそのまま再現する方法と、聞いたことを自分なりにまとめて書く方法など、執筆者によって、それぞれの方法をとった。一部列挙してみると、「流山旧市街歴史を歩く ①銭湯がない ②本通りは堤防だった」、「豊四季の木釘作りの由来」、「戦後の娯楽の殿堂 流山會館」、「伝統工芸『京染うさみ』の宇佐見安弘さんに聞く」、「矢切の渡しの杉浦正雄さん」、戦後の町村合併に反対した3集落の歴史を追った「八木村の学校から小金町に転校させられた子どもたち」、「流山にあった盛進製薬の足跡」。「星野七郎と『手賀沼の詩』」、「鍋島農場の正体」、「大熊重信は十余二に住んでいたか」、「我孫子窯45年」、「豊四季の蓑作り」、「流山っ子の半生を秋谷昇さんに聞く」、「野田下河岸の廻展船問屋物語」など、重要な記録ばかりである。特集からすでに3年、執筆者のなかにも亡くなった人も。遅きに失した面があったにしても、企画の評価は高まる一方であろう。

第27号


 事典シリーズの7冊目は、「楽しい東葛ウオーク事典」と銘打った歩きの特集である。同じ歩きでもその町の文化や歴史をたどりながら知的に歩こうというわけである。全域を18コースに分け、グラフィックデザイナー中村哲夫さんによる緻密な地図やカット、をふんだんに入れたありがたい案内書だ。のちに文庫版にもなったシリーズである。例えば、「みりんの町流山を歩く」を例にとってみると、近藤勇陣屋跡、軽便から走り続ける流山線、地名伝説の赤城山など、本書を片手にたどれば流山の歴史が見えてくる。ほかに、「関宿を歩く」、「醤油の香り漂う野田を歩く」、「利根運河を歩く」、「柏の葉 新しい町を歩く」、「諏訪道と布施弁天への道」、「鉄道ファン流鉄沿いに歩く」、「・小金・馬橋・南柏界隈を歩く」、「寅さんの柴又から松戸を歩く」、「矢切・国府台・真間を歩く」、「八柱霊園と大町自然公園を歩く」、「手賀沼一周を楽しむ」、「我孫子を歩く」、「湖北・取手を歩く」、「布佐・布川・木下を歩く」、「日光東往還を歩く」、「布佐・松戸間の鮮魚街道を歩く」、「小林一茶句碑めぐり」。どのコースをとっても、歴史的背景やエピソードがしっかり書き込まれており、知的好奇心を満たしてくれるものばかりだ。前書きに、「歩くということは人を、人の記憶をたどることであり、書斎で万巻の書を読むことでは得られない人間の知に触れることである」とある。

第28号

事典シリーズの8冊目は、物事の始まりをさぐる「楽しい事始め事典」である。草創の頃から少しずつ試みてきたテーマだが、いろんな問題点が考えられ、編集部ではなかなか踏み切れなかった。公共のものについては比較的書きやすいが、理髪店、書店、劇場、呉服屋、銭湯、といった庶民の商業活動になると、情報も定かでなく、どれが初めてなのか判断が難しい。しかし、会員の奮闘で、なんとか1冊になった。印刷所、運河、映画館、観光果樹園、キリスト教会、競輪場、撮影所、水道、消防、提灯屋、大学、二〇世紀梨、みりん、遊郭、野菜行商、幼稚園など、80項目にわたってルーツをたどった。石井一彦・武志さん父子は、江戸川・利根川に架かった最初の橋物語として「大橋」を担当。「開墾」の項では、初富から十余二まで、必ずしも数字の順に開墾されたわけではないことを、相原さんが明かしている。私は本屋と金物屋を担当したが、取材を始めると、「うちよりも、あそこの方がもっと古いはず」と、教えてもらうことが多く、有難かった。「温泉」の項では、石川惠美子さんが、昭和13年、野田市目吹に利根川鉱泉が開業していたことを報告している。「一国の宰相を産み出すより、おみおつけの具のひとつを残すことがはるかに大切だということを胸に刻もう」と、大出俊幸さんの前書きにある。

第29号

事典シリーズの9冊目は、「楽しい東葛民話事典」である。全国津々浦々、人の営みがあるかぎり民話や伝説が存在する。それは、人が生きてきた証しでもある。私事だが、寝物語に聞いた祖母の話には、少しずつ尾ヒレが加わり、小躍りするほど楽しかった。この事典では、民衆の中から生まれ、語り継がれてきた民話(説話)と、伝説と呼ばれるものとを区別することなく集め、なぜそういう話がうまれたのか、背景や経緯にもせまるよう心がけた。全体を、流山、野田、松戸、柏、我孫子に大きく分け、将門や河童のように他県や他市にまたがるような伝説も加えている。流山では、おなじみ東福寺の目つぶし鴨、義賊金市さまと三千歳の恋など。刑場飛血山とは?なにやら怖いが、つい読まされる。野田の項では、白木恵委子さんが金乗院に伝わる仁王門と熊笹の不思議な伝説を紹介。ほかに、東葛の奇祭・どろ祭、目吹のマリア観音、鎌倉権五郎と目洗い池など。松戸では、万満寺の仁王の股くぐり、光圀と松戸神社の白鳥、養老伝説・子和清水など。柏では、巨人伝説デーダラボッチ、布施弁天の紅龍、弘誓院の間引き絵馬など我孫子では、手賀沼の主は? 子之神大黒天の伝説、妙見様の亀など。ほかに、取手・牛久周辺の伝説と民話、利根川の河童伝説、平将門ミニ伝説、東葛流山の石仏・石碑も紹介している。

第30号


第31号


第32号







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